私が店に入っていった時には、昨日のメンバーが揃ってカウンターを占領していた。
おまけに皆で私の来るのを待っていたかのように。
昨日のクイズの答えを皆で持ち寄ろうとは約束はしたものの。
結局私は昨日と同じカウンターの席に座ることになり、店のバーテンダーのリョウちゃんは
連日の満席状態に目を白黒といった感じ。
「リョウちゃん、ウイスキーベースで何か軽快なカクテル無い?」と私。
「ショートカクテル?ロングカクテルにします?」
「ロングで。」(背高のトールグラスのこと。この店では、これで通じるのだ)
男性には、どうもカクテルグラスの飲み物は見た目に抵抗がある。男にあうカクテルグラスの
カクテルはマティーニだけだ、というのが私の持論。
本当は、一杯で時間を持たせるにはカクテルグラスでは難しいという単純な理由だ。
リョウちゃんはおもむろにカウンターの向こうに姿を消す。
彼女は難しい注文を受けると、必ず厨房にリキュールやチェリーなどを取りに行く。
彼女が奥でカクテルのレシピ本を覗いてくることは、彼女は知らないと思っているようだが
店の常連は皆、ご存知というわけ。
やがて私の前にはレモン風味のサザン・カンフォート・スパーク。
さっぱりと柑橘系の口あたりの良さで、思わずグラス半分を一気に飲んでしまった。
 「さてと、マスター」と工藤くん。
 「どうしても裏が赤の確率は1/2という先入観が捨てられなくて、結局のところ何度も
テストしてみて、やっと2/3だと納得したよ。」
 「私なんか、赤白の3枚のカードを実際に作って実験したのよ。」と学生のユミちゃん。
マスター「確率って、どうしても常識とか先入観とかにまどわされるんですよね。
さて昨日の問題が次のクイズの解答に役立つとは思わないで下さい。
これも非常に有名なクイズです。題して、3人の囚人の問題。」


マスター「その牢屋には3人の囚人が居ましたが、内2人が明日死刑になり、1人だけが助かる
という確かな情報が入ったのでした。つまり数学に精通している囚人Aにとっては、1/3の確率で
助かり、2/3の確率で死刑になるというわけです。
 もし死刑が確実なら、残された時間にするべきことがたくさんあります。分かれたがっていた妻に
最後の手紙を書くとか、靴の裏に隠した1枚の金貨で看守に頼みこんで上等のコニャックを入手し
最後の酒盛りをするだとか。どうしても情報がほしいのでした。
話はそれましたが、結局一計を案じて、看守に次の頼みごとをしたのでした。
ねえ看守さん、2人が死刑になるということは、私を除いたB氏とC氏のどちらか一人が必ず
死刑になるということだよね。
囚人本人に死刑か釈放か教えてはならないということだが、私にこっそり、BとCのどちらが
死刑になるのか教えてくれても、私にとって何の役にも立たないのだからいいだろう?
看守はこの申し出を考えてみましたが、教えてはいけない理由は見つかりません。
そこで絶対に他の囚人に話さないという条件付きで、こっそりと、B氏は死刑だよと
A氏に教えたのです。
 さて、囚人A氏はこれを聞いてニンマリ笑いました。
なぜって、今まで死刑になる確率は2/3。つまり釈放される可能性は1/3だったのに、
いまでは自分AかC氏の釈放される確率は1/2になったのですから。
 看守はといえば、金貨を払ってまでこの情報を聞き出し、喜んでいる囚人Aの気持ちがわかりません。
 さて、皆さんだったら、最後の金貨を使って入手した情報に意味はあったと思いますか?
それとも最後の金貨で、やっぱり酔いつぶれるべきだったのでしょうか?」

 「そんな馬鹿な話は無いでしょう。Aの助かる確率が最初1/3なら、今でも1/3のままよ。」ユミ。
 「でも、1/3で変わらないとすると、ちょっと変だよ。だってAが助かる可能性が1/3で、Bの
可能性が0になったんだよね。CもAと同じく1/3なら、合計2/3でしょう。確率というのは全部の
可能性を1として、各々の可能性を分数なりパーセントで表すわけだから、合計1にならない確率
なんて間違っているよ。ということは、やはりAもCも助かる可能性が1/2になったのでは?
 そうでなければ、Aの助かる可能性は相変わらず1/3で、Cの助かる可能性が2/3になった?
そんな馬鹿な。」と工藤氏。
 さんざんの議論のあげく、結局その夜は結論の出ないまま、また翌晩に解答はもちこされたのでした。
全ての客が帰ったあとで、店のシャッターを閉めながら、マスターは一人つぶやいていました。
「このクイズ作戦は失敗かな?常連客は確かに最近増えたけれども、こう議論ばかりで
誰もカクテルのお代わりをしてくれないなんて。」