暫くその怪しげなバーに行かなかったのには特に理由は無い。
週の初めに飲みすぎて、二日酔いの上に仕事を遅らせてしまったからだ。
体調も元に戻ってそのバーの重い扉を押したのは、梅雨の小雨がうっとうしい
蒸し暑い深夜のことだった。
「マスター、ビール一杯。」(一杯飲んだら、今日は帰るんだ)
この時間だというのに客は私以外には常連の学生一人。
カウンターの隅、実は私のお気に入りの席なのだが、その場所を占領されて、しかも
あろうことか、読書なんてしている。
その学生に軽い会釈を返したあと、私は寡黙にビールの泡に口をつけた。
今日こそはマスターにクイズを出されてたまるものか。
 さて、その新規のアベックが入ってきたのは、私が一杯のビールを飲み始めてすぐのこと。
年の差が親子ほどだから、多分駅前のクラブの客と若いホステスの組み合わせだろう。
こうした客に限って良い格好をつけたがる、煩いおしゃべりだ。
カウンターではなく、奥のテーブルにでも行ってくれればいいものを。
女「私、ちょっと飲みすぎてるから、ソルティードッグお願いね」
男「なんだ、キール・ロワイヤルとか、ラ・ルメールとか、もうちょっと・・・」
なにが、もうちょっとだ。下心みえみえのおっさんめ・・・と思いつつ、次の話の展開には
正直、興味をそそられた。
男「よし、私もソルティードッグだ。
ところでマスター、お願いがあるんだけど。」
マスター「はい、なんでしょう。」
嫌な顔ひとつしないところが、さすがにマスター、というより、流石にプロだな・・・。
男「彼女はアルコールに弱い。私はそうでもない。
そこで、ウオッカとグレープフルーツの比率を、彼女と私で全く逆にして、2杯のソルティードッグを
作ってくれないか?もちろん2杯とも総分量は同じとして。
つまり、彼女が1対4の薄めなら、私は4対1の濃いやつという具合に。」
マスター「それでは貴方のはとても強いカクテルになってしまいますよ。よろしいんでしょうか?」
 さて、皆の視線は当然、ソルティードッグを作るマスターの手元に。
しかし、マスターの行った作業は、いとも簡単なものだった。
 まず同じサイズのロンググラスに、同じ分量の、一方にはウオッカ、一方にはグレープフルーツ
ジュースを入れ、次にウオッカのグラスから計量カップでウオッカを1杯、ジュースのグラスへ移動。
そのジュースのグラスを念入りにかき混ぜてから、今度は同じ計量カップで、つまり前と同じ分量
の混合液を、前のウオッカのグラスに戻したのだった。
男「これは、なんということだ。マスター、僕の注文とは違うじゃあないか。
あきらかに、僕のソルティードッグは、ウオッカのままという代物だ。」
女「いいじゃないの。これ、とっても美味しいもの。」


マスターの作成方法は注文通りだったのだろうか?
もし間違っているとしたら、計量カップ1つだけを使って客の注文通りの2杯のカクテルを作るには
どうしたら良いだろうか?